それを恋と云うならば




今、蛮の目の前には、妙にうきうきした表情を浮かべる花月がいた。
輝かんばかりの優麗な瞳は飽くることなく窓の外を楽しんでいて、時にあれは何だとか、あれはキレイだとか話しかけてくる。


二人は今、電車に乗っていた。
移動手段は年がら年中、車という蛮が、何故電車に乗っているかと言うと、それは偏にひとえこの目の前の連れに尽きる。




――― それは、30分ほど前のこと。
蛮が暇を持て余して、一人で街をぶらついていると、向こうの歩道に知った顔を見つけた。
「おい!」
柄にもなく大声で呼びかければ、その人物は、一時いっとき辺りを見回した後、蛮を認め、長い髪を揺らしながら会釈する。
「何してんだ?」
再び声を張り上げれば、向こうは口を開こうとして、それから困ったような顔をする。
どうやら人の往来のあるところで大声で話をするのは、彼の流儀に反するらしい。
「ちっ。」
蛮は、軽く舌打ち(それは、蛮の癖のようなものであったが)をすると、気休め程度に車道との垣根の役割を果たしている鉄柵を跨ぐ。
そうして車道と歩道の境目に立ちつつ向こうに目をやれば、
小作りな顔が明らかに、そんな横断歩道もないところで渡らないで下さいと訴えていたが、
蛮はそれをあっさり無視し、タイミングを計って踏み出す。


「あまり危険なことはしないで下さい。」
渡り終えての開口一番が、それだった。
面倒臭いことは嫌い、むしろ周りが俺様のために動け!的思考の蛮にしてみれば、それが幾ら恋人の苦言だろうとムッとするわけで。
そしてそれは、更に次がれた言葉で拍車がかかる。
「周りが迷惑しますから。」
「んだと!」
「本当のことを言ったまでです。」
掴みかからんばかりの勢いで言ったというのに、この有様。
蛮は、涼しい顔でさらりと言い放った恋人、花月を軽く睨みつける。
(つーか、ついこないだヤったばっかりだっつーのに、眉根寄せて泣き出しそうな顔でとまではいかねぇにしても、
普通、あなたのことが心配なんですとかぐれぇは言わねぇか?)
けれど、さっきもし車に轢かれそうになっていたなら、スネークバイトで車を破壊していただろうことは確か。
悔しいかな、言うことは的を得ているのだ。
こうなると、ちょっとした喧嘩を売られているような気分である。
「るせーな。てめぇはいつも一言多いんだよ。」
しかし、対して返ってきた言葉は、またなんともそっけないものだった。
「では、僕はちょっと用事がありますので、これで。」
「っおい!ちょっと待て!」
「はい?」
さも不思議そうに首を傾げられて、蛮は、今度は一気に脱力してしまった。
(俺が一体何のために、わざわざこっちに来たと思ってんだ?)
そもそも、さっきの質問の返事も聞いてない。
「こんなところで何してんだって聞いてんだよ!」
すると花月は、やっと納得したかのような顔をして、それからそれをご機嫌なモノへと変化させると、ようやく答えを口にする。
「あぁ、はい。観覧車に乗りに行こうと思いまして。」
「はぁ?」
すっぽ抜けた声をあげた蛮だったが、以前として可愛らしいご機嫌な表情は変わらない。
「・・・観覧車って、あの、遊園地とかにあるヤツだよな?」
「はい。」
「今からか?」
「そうですけど?」
当然のことのように言いのける花月を他所に、蛮は注意深く辺りを見定める。
花月の傍には、蛮の見知った顔はもちろんのこと、“それ”らしい人物はいない。
「・・・1人でか?」
「はい。」
ハートマークさえ飛ばしそうな勢いで頷かれて、蛮は呆れてしまった。
(・・・・・普通、わざわざ1人で観覧車なんて乗りに行かねぇだろ。)
しかも、こうして恋人の自分が目の前に立ってるというのに、とりあえず誘ってみることもしない。
戦闘時はもちろんのこと、自分との単なる痴話喧嘩の時でさえ身も凍るほどの視線を飛ばすくせに、
こうしてのほほんとした笑顔で立っているところを見ると、蛮にはもはや自分の恋人が相当の天然であることを自覚せざるをえなかった。
「ったく、しょーがねぇな。俺が付き合ってやるよ。」
大きく溜め息をついた蛮は、花月の手首を掴むと、自分の車の置いてあるいつもの喫茶店へと歩先を向ける。
すると、しごく慌てたような声があがった。
「あっ、ちょっと待って下さい。」
「んだよ。」
わざとだるさを装いながら目をやると、花月は少し遠慮がちに口を開いた。
「あの、電車で行きたいんですけど。」








「あ!観覧車が見えますよ!!」
いかにも興奮を隠せないといった様子の、まるで子供じみた花月の声に、乗客の視線はドア付近を陣取っていた2人に一斉に降り注いだ。
これには、別段、目立つことが嫌いでもない蛮も、さすがに窘めたしなの言葉を吐く。
「っるせぇよ。」
なにせ良くも悪くも人目を惹く容姿をしている花月は、だたでさえ注目を集めてしまう。
その中には、花月のどこまでも女らしい体つきを嘗め回すように見る輩もいて。
もちろん、そんな男どもは逐一、目線で抹殺して蛮だったが、とにかく、もうこれ以上、大事な恋人を好奇な視線にさらしたくはなかった。
と、それまで蛮の心中などお構いなしでドアにへばりついていた花月は、一転してしょんぼりとした表情を浮かべる。
「ごめんなさい。」
「・・・ま、別にいいけどよ。」
さすがにそんな顔をされては、蛮もフォローに回らざるを得ない。
同時に、周囲への牽制の意味も込めて、花月の細腰に手を回す。
「・・・?」
軽く抱き寄せられる格好となった花月は、その腕の中で小首を傾げた。
すると、ふと、反対側のドア付近で自分たちと同じようなことをしている男女のカップルを見つけた。
仲むつまじい彼らの様子を見て、花月の腕は自然と動いていた。
「そう言えば、これってデートですね。」
蛮のしっかりとした腕に自分の腕を絡ませながら、ぽつりと漏らす。
「・・・そうだな。」
はにかむような表情で自分を見つめる花月に、今頃気付いたのかよ、なんてツッコミは入れるわけもなく。
蛮は、腕を絡めたまま手を合わせ、その長い指に自分のそれを絡めた。
絡み合った手から腕から、そして腰に添えた手から、触れ合う体から、じんわりと伝わってくる恋人の体温。
それらを余すことなく感じながら、蛮は思った。
こうしているなら、好奇の視線にさらされるのも悪くない、と。






手を繋いだまま2人は、下車した駅から人込みの中を歩いて、やっと目的の観覧車乗り場へと到着した。
今日は一般的に言うところの休日で、昼間でも乗り場は混雑していた。
しかし、良心的な係員は、4人乗りの観覧車に2組のカップルを押し込めてしまうという荒業はしないようで、
蛮と花月は2人きりで、カラフルな原色にペイントされたボックスの1つに乗り込むことができた。


花月の後から乗り込んだ蛮は、迷うことなく、花月の隣に腰を下ろす。
こういったいかにもなデートプランはむしろ面倒臭く感じる方だが、成り行きでここまで来たからにはそれなりに楽しみたいと思ったからだ。
しかし、肝心の相手たる花月といえば、これがデートであることを、ついさっきではあるが認識したというのに、
少しも落ち着いて隣にいてはくれなかった。
ボックスが徐々に上昇するにつれ現れる景色に目の色変えて、四方八方をきょろきょろ。
しまいには、立ち上がってありとあらゆる窓に思いっきり顔を寄せて、子供のようにきゃっきゃと騒ぎはじめる始末。
これには、せっかくの初デートなのだからと少しは我慢していた蛮も、とうとう堪忍袋の緒を切らす。
「てめぇ・・・さっきからうろちょろと暴れるんじゃねぇ!」
しかし花月は、そんな一喝の声にも、反省の様子を微塵も見せない。
「もしかして、高いところ苦手ですか?」
「違ぇよ!」
もう何を言っても無駄だと悟った蛮は、『ったく。』とぶつぶつ文句を言いながら、未だ1人興奮の坩堝るつぼにある花月を黙って見守ることに決めた。
(つーか、こいつ、こんなヤツだったっけか?)
蛮が2人分の乗車券を買っている間から、花月は、目を離せばどこかに行ってしまいそうなほど落ち着きを失っていた。
そしてそれは、乗り込んでからも変わることはなく。
今は向かいの座席に膝立ちして外を眺めている花月の後ろ姿に、蛮はまるで初めて花月の本当の姿を知ったかのような気さえしてきた。
思えばこれは、2人の初めてのデート。
だから、花月の隠された一面が露呈することは、初デートゆえの醍醐味なのかもしれない。
(にしてもなぁ。)
蛮は、顔を少し逸らして、すぐ下のボックスに視線を移す。
花月を初めて抱いたあの時、僅かな恐怖心を瞳に映しながらも
懸命に、そして妖艶に自分の気持ちに応えてくれた花月が、彼の全てだと思っていた。
自分以外、誰も見たことがない、花月だと。
一緒のベッドで朝を迎えた時の心地よい優越感は、いったい何だったのか?


「うわー!海がすごくきれいに見えますよ!」
ゆっくりと回る観覧車が、そろそろ頂上へと近づいてきて、2人に絶景を提供してくれる。
晴れ渡った青い空と、それよりももっと青い海。
たいした波もなく悠然と広がる一面の青は、健康的な陽の光を受けて、キラキラと輝いて見える。
花月に強引に引っ張られる格好でそれらの景色を一通り目にした蛮は、再び腰を据えると花月の名を呼んだ。
「はい?」
振り返って清楚な笑顔を見せる花月を、今度は蛮が、強引に隣に座らせる。
「どうしたんですか?」
「いいから少し黙ってろ。」
「ぇ?―――んッ。」
きょとんとする花月の腰に手を回しながら囁くと、蛮は、そっと唇を合わせた。






下っていくボックスの中で、急にしおらしくなった花月は、黙ったまま蛮の腕に抱かれていた。
その頬は可哀相なほどに真っ赤で、その火照りを覚ましてやるように撫でれば、花月は柔和な笑みを浮かべる。
つられて、蛮も優しく見つめ返す。
そうして、改めて実感する。
花月がくれる、こんな穏やかな時の流れが何よりも好きだ、と。


花月と出会ってまだ幾らも経ってないのだから、まだ知らない面があって当然かもしれない。
他の奴らは知っていて、自分だけが知らない一面だってあるのかもしれない。
でも、焦ることはない。
ゆっくりと歩んでいけばいいのだ。
――― こいつとなら、ゆっくりと、どこまでも一緒に歩んでいける。


「これからホテル、行かねぇか?」
「え?・・・・・・はい。」
ほんの少しの戸惑いを交えつつも素直に頷いた花月の華奢な肩を、蛮はしっかりと抱く。
でも、とりあえず今は、この愛しい人を思い切り抱きたい。


(その前に―――
蛮は、上のボックスを仰ぎ見る。
そこには、醜いほどに必死の形相で窓に張り付いている、恋人の親衛隊を名乗る2人の男と見慣れた相棒の顔があって。
蛮は、大仰に溜め息をついた。
(あいつらをどうにかしないとな。)



END

綵葉さん、ありがとうございました!蛮花ラブラブ、やっぱりいいです〜v天然カヅッちゃんに振り回されながらも、結局やっぱり蛮ちゃんvラブラブにうっとりしていたら、オチの三匹に受けましたv眼に見えるようです(笑)観覧車デート…vいやあ、ホントにご馳走様でしたvvv更新&俊花同盟、頑張って下さいませv(ハッ*そういえばうちにはまだ幸せな俊花がなかった!すみません〜(大汗))

                                     
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