太陽が、張りつめた冬の空気を裂いた。
 新たな年を照らす、大きな光の塊が、ゆっくりと昇って行く。
 それを見守る人々は、この一年がよい年であるようにと、昇る光に抱負を語る。

 ささやかな思いは、成就するか、否か。
 ―――それは、誰にもわからない。
 




          祝福のカノン




 
「「誕生日おめでとう、花月」」


 十兵衛と朔羅は、穏やかな微笑と、祝福の言葉を重ねる。
 『裏』の者達の襲撃から逃れた彼らの、初めての年明け。そして花月は、ここへ来てから、初めての誕生日を迎える。
 『筧』の二人は、『風鳥院』の子息の誕生の日を祝った。
 無限の城の、下層階の屋上。吐く息は白く凍り、冷えた空気は、防寒には物足りない着衣の上から、肌を刺して過ぎて行く。
 大切な人の誕生日を、廃墟の中の一室で祝うことなど、彼らには出来る筈もない。
 少しでも綺麗な場所で、という必死の模索の結果、凍りついた下層階の屋上に辿り着いた。屋内より冷えるが、下層の淀んだ雰囲気と空気は、ここにはない。
「ありがとう、十兵衛、朔羅」
 花月も微笑み、礼を言う。
 家では、新年行事を重んじていて、誕生日を祝ってもらったことはない。
 こんな形で、堂々と祝ってもらうなど、思ってもみなかった。
 彼らの心遣いの感謝と、ほんの僅かの不謹慎な喜びが、心を埋める。
「これ、私達から」
 朔羅が差し出したのは、小さな箱だった。大きさのわりには重さがあり、蓋には、流麗な模様が刻まれている。
 もう一度礼を言ってから、花月はそれを受け取った。蓋をそっと開けてみると、可愛らしい音が溢れ出したので、思わず、驚きの声が漏れる。
「・・・『オルゴール』?」
「ええ」
「ありがとう。こういうものがあるって、知ってはいたけど、実物は初めて見た。
 本当に、箱が楽を奏でるんだね」
 オルゴールは、短い楽を、何度も繰り返していた。
 可愛らしい音が紡ぐ、穏やかなメロディが、心地よく耳に届く。
 花月を思い、二人が、『綺麗なもの』を探しに奔走したのだろうか。
 醜いものに満ちた、この下層階の中を。
「・・本当に、ありがとう。十兵衛、朔羅」
 花月は、短い楽を繰り返す贈り物を、気に入ってくれたようだ。
 十兵衛と朔羅の笑顔に、安心感と喜びが重ねられる。
 同時に、こんな小さなことしか出来ない心苦しさが、胸中を蝕んだ。
 

 暗い廃墟。
 殺戮を楽しむ輩。
 ただ怯えるしかなく、生きるために、生きる人々。
 汚らわしい欲で満たされた、無限の城。
 あのとき、終焉の赤に塗られた屋敷で、『筧』の父と『風鳥院』の母は、子に進むべき道を示した。


『流派を、終わらせてはならない』
『無限城へ―――・・・』

 
 この、地獄のような惨状を、知っていたのだろうか。
 ここに、何があるのだろうか。
 ここで、何を見つけてほしかったのだろうか。
 
 答えは、まだ、見つからない。
 


 
 楽は小さくなり、消えかけた。
 花月が慌てて、箱の裏にある螺子を回す。
 大きさを取り戻した楽は、もう一度、穏やかな旋律を響かせる。
 同じ流れを、繰り返す。
 花月は、重い箱を見つめ、紡ぎ出される旋律を、その耳で追った。


「・・繰り返しては、いけないんだ」
「・・・え?」

 
 白い息と共に、静かに吐き出された言葉。
 十兵衛達は、僅かに首を傾げる。
 花月は、箱を抱く腕に力を込め、闇ばかりの空を仰ぐ。
 白い花びらが、ひらひらと舞い落ち始めていた。

 
「繰り返しては、いけないんだ。
 二つの流派の悲劇も、・・この城の、惨状も」

 
 厚い雲に覆われ、光の見えない空。
 無限城には、『王』が必要だと、彼は続けた。
 人々を正しい道へと導く、光の存在が、ここにはない。
 それを目指せば、この城も流派の繋がりも、何かがわかるだろうか。
 憎き者達を葬る力を、この手にすることが、出来るだろうか。
 ―――もう二度と、繰り返さずに、済むのだろうか。

 
「新年の抱負だ」

 
 花月は、微笑んだ。
 ガラスで作り上げたような、脆く危うく、どこか冷たい微笑だった。
 

「この城の、『王』を目指す。
 そして、『裏』の者達を、必ず―――・・・」





 雪が降る。
 新たな年を、十数年前のこの日に、生を受けた者を。白くしろく、包んで行く。
 『祝福』というには、あまりに冷たいその白を、花月は厭うことなく身に受け、静かに目を閉じた。
 この日を、絶対に忘れないだろうと思う。
 初めてだった。
 こんなにも寒い、冷たい誕生日は。
 あたたかく祝ってくれた、嬉しい誕生日は。
 十数回繰り返した、誕生の日の中で、初めてだった。



 無限の城の、下層階の屋上。
 太陽は、まだ見えない。
 凍るばかりの冷たい場所で、『筧』と『風鳥院』の子息子女は、新たな年に思いを馳せる。
 


 繰り返しの旋律は、やがて、聞こえなくなった。





・・・・・・・・・・





「「「誕生日おめでとう!!」」」


 あの日から、数回、新たな年が巡った。
 あの無限の城に、最強と言われた『風雅』が結成された年は、新たな仲間も誕生を祝ってくれた。
 『VOLTS』が結成された年は、消えた彼に代わり、新たな仲間が祝ってくれた。
 いろいろな、祝福の形を知った。
 
 

 そして、今。

 
「誕生日だから、ケーキを作ってみました!」
「オレ達も、飾りつけ手伝ったんだよ!!」
「一応、毒は入っていないから」
 

 新年の挨拶にと訪れた、裏新宿の喫茶店。
 そこには、かなりの人数が揃い、一同に花月を待っていた。
 御節料理と、不格好な飾りのケーキ。日本酒と、甘いジュース。
 和洋折衷が過ぎるテーブルが、綺麗に整えられている。
 彼らは、心からの笑顔で、あたたかく主賓を迎え入れた。
 

 無限城を出て迎える、初めての誕生日。
 花月はまた、新たな忘れ得ぬ祝福と、あたたかな幸せを知った。
 
 
 
 
 Platina  Wingの御月雪花様よりフリー小説を頂いてまいりましたv幸せそうな花月さんに、何かこちらもうれしくさせられます…でもどこかしら切ないのは、それまでそれを知らなかった、という事でしょうか。「カノン」を奏でるオルゴールは、幸せな時を繰り返し伝えているのでしょうか。
許可頂き、ありがとうございました、雪花さんv

                                      
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