【BlueSky】


空気に溶けて混ざった、コーヒー豆を炒る香り。
苦味よりも甘みを連想させる香ばしい匂いに、花月は鼻を一度鳴らした。
頬を撫でるように過ぎる風が気持いい。
街路樹も深い緑の葉を風に揺らし、日差しも強まり―――すっかり街は夏の色に染まっていた。
浮き足立つ足取りで目的地まで一気に歩き、そのままの流れで店の扉に手を伸ばす。
涼やかな音を響かせる鈴の音と、明るい二人の少女の声に自然と花月の顔に笑顔が浮かんだ。



「いらっしゃいませ!」
「こんにちは……マスターは裏?」
「はい。 今、豆を炒っているそうで……でも、夏実さんが淹れるコーヒーも、美味しいですよ」
レナが銀のお盆を振りながら夏実を振り返る。
年上の少女は可愛い妹分に笑顔を返し、それから氷の浮かんだお冷を用意する。
「よお。お前も涼みにきたのか?」
カウンター席には蛮が一人で座っていた。
曖昧に頷きながら、花月は視線をさまよわせた。
蛮の隣の席にグラスを置きながら、
「今日は銀ちゃん、きてないですよ」
夏実が花月に怪訝そうに声をかける。
一瞬気まずそうに眉を寄せた花月は、頬を掻きながら蛮の隣に座った。
レナが花月の服の裾を引張りながら小声で尋ねた。
「喧嘩でもしたのでしょうか?」
「うーん……僕にはわからないなぁ」
肩を竦ませ笑う花月に、蛮は盛大に溜息をついて見せた。
「手前ら、俺と銀次をセット商品か何かと勘違いしていないか? 今日は別々の用事があるんだよ!」
それだけだ、と小声で吐き捨てるとコーヒーのお代わりを要求する。
不機嫌そうな、でもそうでもないような微妙な蛮の声に花月は笑いを噛み殺し、夏実にアイスコーヒーの注文をする。
夏実はレナに一度目配せし、それからカウンター越しに2人の前に立つと神妙な面持ちになった。
「あの……ホットコーヒーは飲みませんか? レナちゃん、今日は上手く淹れられる自信があるそうで」
控えめなお願いに花月は承諾の意を示すように頷いたが、蛮は眉間に皺をたくさん寄せ呻いた。
その瞬間、レナが泣きそうに眦を落とす。
夏実は大事な妹分のため、蛮に必死な形相を向けている。
2人の少女にお願いされれば、蛮もそれ以上拒むことは出来なかった。
「……じゃあ、俺にも一つ」
カウンターに突っ伏しながらの注文。
対照的にレナが嬉しそうな足音を響かせ、コーヒーを淹れはじめた。
夏実が声援を送る声を聞きながら、花月が蛮へと顔を向ける。
「女の子には親切にしないと」
喉の奥で笑う声。
ふん、と鼻を鳴らしながら蛮は突っ伏した格好のまま顔だけ上げ、花月の顔をまじまじと見つめた。
「八方美人で疲れるよりは、さっさと自分の感情晒したほうが楽……」
「感情を晒した方がねぇ……なかなか相手に自分を見せない君が、そんなこと言うなんて意外だ」
蛮の顔へ自分の顔を近づけながら囁くと、不機嫌そうにそっぽを向かれた。
「はい、出来ました!」
花月が蛮に何か声をかけようとした時、お盆の上にコーヒーカップを載せてレナが現れた。
言いかけた言葉を飲み込む形で会話をいったん閉じ、懸命にコーヒーを淹れてくれた少女に頭を下げる。
「今日はその……。 絶対、美味しいはず……です」
額に汗を浮かばせながら、レナが2人の前にカップを置いた。
コーヒーのよい香りが鼻に届く。
黒に近い茶色の液体。
見た目は確かに、いつもよりはずっとコーヒーっぽいなと蛮は心の中で呟き、とりあえず砂糖とミルクを入れた。
隣では花月がミルクのみカップに注ぎ一口、コーヒーを口に含んだ。
レナと夏実の2人が花月の口元に視線を移し、それから何か感想を口にするのを静かに待った。
カップをカウンターへと置くと、花月はにこりと笑った。
「美味しいですよ」
一言、短い感想にレナは安堵の溜息を漏らした。
花月が再びカップに口をつけコーヒーを飲む様子を見やり、蛮も安心してコーヒーを口に含んだ。
すっぱい。苦い。喉にまとわりつくような甘みと、ざらざらとした感触。
口に含んだ分をやっとの思いで飲み下した蛮は、咳き込みながらレナと夏実を交互に睨んだ。
「……くそ暑い日に、ホットコーヒーなんか飲んでられるか!」
財布から札を一枚取り出し無造作にカウンターへ置くと、コーヒーを全て平らげた花月の腕を引き無理やり立ちあがらせた。
「公園にアイス屋がきてたから、そこ行くぞ……」
死相の浮かんだ蛮に苦笑しながら、花月はゆっくり頷いた。
「それじゃあ、また来ます。マスターによろしく」
代金を払おうとする花月を制し、彼を引きずりながら蛮は店から出て行った。
「有難うございました……て、蛮ちゃん! 2人分の代金にしては、少なすぎです!!」
呆然と2人を見送った夏実は、カウンターに置かれた札に視線を向け慌てて叫んだ。
それから小走りで外へ出て行く。
レナは肩を落とし蛮のカップへと視線を落とした。
「やっぱり……不味かったんですね」
花月の分だけ上手くできたということはないだろうから、きっと無理をして飲み干したに違いないと思うと、残されるよりつらい気分になる。
「まったく、もう。蛮ちゃんは逃げ足、速すぎる!」
頭から湯気を出しそうな勢いで文句を言いながら、夏実が店に戻ってきた。
一口飲んだだけの蛮のカップに目を向け、眉を寄せ困ったような笑みを浮かべる。
「片付けてくるね……」
何も言わない夏実なりの思いやりに、レナが頷き微かに笑みを浮かべた。
それから扉へ視線を向け、蛮が座っていた席に腰を下ろす。
「あの2人って、仲がいいんですねぇ……」
呟いたレナの言葉に水仕事の手を休め、夏実が顔を上げた。
「うーん……花月さんは誰とでもすぐ打ち解けるみたいだし。蛮ちゃんは奢ってもらうつもりなんでしょ、きっと」
鼻歌混じりに再びカップを洗い始めた夏実に、レナは「そうかなぁ」と小さく言葉を漏らす。



カウンター席に座っていた蛮が、左手側にある壁時計をしきりに気にしてみていたのをレナは気づいていた。
だから誰かと―――レナはその誰かは、奪還の依頼者だと思っていたのだが―――待ち合わせしているのだと思っていた。
それに、と深く長い溜息を漏らしカウンターに突っ伏すと頬を預けた。 
冷やりとした感触が心地よく、目を細めた。
「蛮さんって花月さんがいる時、すっごく優しい表情をしているの知っていますか?」
タオルで手を拭いていた夏実は、レナの漏らした言葉にくすくすと笑いながら、
「なんだ、レナちゃんも気づいていたんだ? 蛮ちゃんは気づいていないと思っているみたいだけれど……」
レナの隣に座り、天井に両手を伸ばしのびをする。
「ばればれですよねーっ!」
勢いよく姿勢を正し、右手の人差し指を夏実へと向けてぴしゃりとレナが言い切った。
とたん店内に2人の少女の明るい笑い声が響く。
「あの2人、今頃デートなんでしょうかね?」
レナの問いかけに夏実は首を傾げながら「多分、ね」と呟き、再び笑い出した。



店から離れた場所にある公園のベンチに座る蛮は、青空中に響き渡れとばかりに盛大なくしゃみを一つした。
「風邪? 夏風邪は……」
笑いながら自分を覗き込んでくる相手の鼻頭を指ではじき、舌を出す。
「馬鹿がひくってか? あんな不味いものを全部平らげた、お前の方が絶対に馬鹿だと思うが?」
ベンチの背凭れに背を預け、花月は空を見上げ雲が流れていく様子を眺めた。
「気持がこもっていれば、どんなものも美味しく感じませんか?」
雲間から現れた太陽が眩しかったのか、目を細める。
「時と場合と……人による」
正直に告げる蛮に、花月は小さく笑った。
「なら今度、手料理でもご馳走しようかな? その時の君の反応を見て、今後の方針を考えるのも面白そうだしね」
ゆっくりと顔を向けた花月を見やり、蛮は口の両端を上げた。
「不味かったときの口直し、ちゃんと考えているんだろうな?」
不敵な表情を浮かべる相手の考えが読み取れたのか、花月は呆れたように小さく溜息を漏らした。
それから足をぶらつかせ、考えるそぶりをみせる。
「はいはい、その時は君の望むまま。 でも気持は込めて作るんだけれど、ね?」
「なら、どんなに不味くても上手いって言わないとな」
笑いながら立ち上がる蛮にならい、花月もベンチから立ち上がった。
これからどこに行くかは決めていない。
けれどこんなに天気がいいのなら、気が向くまま、足が向くままにまかせて歩くのもいいかもしれないと思った。
蛮もそう思ったのか、花月にどこへいくかとは尋ねない。
「晴れてよかったね」
青空を見上げる花月のを見ながら、蛮はぶっきら棒に「ああ」と頷く。
ひとしきり花月が空を堪能するのを待ち、ゆっくりとした足取りで蛮が歩き出した。
花月は蛮の隣を歩きながら他愛もない話をしはじめる。



噴水の流れる水の音に混ざる、花月の声。
風にそよぐ長い髪。
浮き足立つ気持を抑えるのに苦労しながら、蛮は花月の話を楽しげに聞いた





END



瀬田悠左様、ありがとうございました!桜坂商店街でフリー小説となっていた蛮花もらってきてしまいました。だってだってステキだったんだもーん(ガキか、自分)。ここのサイト様は、私にとって、そもそも花月受けにハマった原点。いつかうちもステキな士度×花月書くんだー!・・・って進んでませんが・・・


                             
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