Valentine from a Vampire

     二月に入ったばかりの、曇空の午後。
      大堂寺炎は悩んでいた。
      (今のところは)親友である刃柴竜に高額でありながら時間もそれほど遅くなくエロくもないアル
     バイトが見つかったことは、苦学生ぶりを知っているだけに喜ぶべきことではある。
      しかし、アルバイト先が、問題なのだ。
      「リュウ、話があるんだけどもよ。ちと付き合え。」
      「?」
      いつもの強引さを発揮して、駅前のバーガーショップに連れ出した。
      「ほら、食えよ。」
      「ああ、ありがと」
      建物に入ってしまえば分からないが、外はめちゃめちゃ寒かった。かじかんだ手をスープの入っ
     た紙コップで暖めているリュウに、エンはまだ迷っていた。
      「リュウさ、新しいバイトの事なんだけど…」
      「今日が初日だ。遅刻は出来ないから、話とやらは手短かに頼む。」
      綺麗で可愛い顔をしているのだが、愛想がない。しかしこれでも一応会話を成立させているだ
     けマシな方なのだ。
      餌付けの効果は絶大である。
      「そのバイト、止めて欲しいんだ。っつーか、行くな。」
      「仕事内容、時間、そして報酬。どれをとっても好条件だ。止めない。行く。」
      「ダメだっ!」
      エンの剣幕に、リュウは驚いたようだった。
      「絶対にダメだっ前にあそこにバイトに行ったやつ何人か見たけど、ぶっ倒れんじゃねーか?
     ってくらいすげ顔色悪くなってって、そのうち見なくなんだよ。」
      「仕事内容は家主のコレクションの手入れ。中には気を使うものもあるだろうな。」
      リュウは、優しい困った表情を見せる。
      エンは、切り札を出すことにした。
      「あのでかい建物の前をコロがしてた時さ、門のとこに千住が居たんだ。でも、通り過ぎて、バッ
     クミラーを見たら、居ねぇんだよ。」
      リュウが首を傾げる。
      エンは、リュウが自分の話に聞き入っていると思って一気にまくしたてた。
      「後を振り返ったら、やつは居るんだ。鏡に映らねェんだよ。オカ研のライ子に聞いたらそいつ
     は吸血鬼だって…」
      「エン、お前まだ免許取ってないだろ?風紀委員の耳に入ったらしつこく付きまとわれるぞ。」
      逆に心配顔をされてしまう。リュウは、吸血鬼話をヨタ話として聞き流すことに決めたらしい。
      「リュウ〜」
      「なんで、そうしつこいんだ?」
      (ヤバい)
      リュウのご機嫌が悪くなる。
      「なんでって…」
      「同情も憐れみもいらん。今度からは付き合わない。」
      「んなんじゃねぇよっ」
      「?」
      機嫌が少々悪くても、リュウはエンの言葉に耳を傾ける。
      「…お前、そうやってオレの話聞いてくれるのな。そゆとこ、好きだ。」
      「…。」
      「…。」
      「…。」
      「…だから、好きなんだって。」
      「?」
      エンはため息をついた。
      「リュウが同情されたりっての嫌だってコトは知ってるさ。初めて会った時に言ってたからよ。
     だから、そんなんじゃなくて、そばに居てェと言うか、守ってやりてェとかだなっ」
      「…別段お前に守って貰わんでも今まで生きて来てるし。今そばに居るが?」
      「そりゃ、そうだけどよ。」
      エンは紙コップに残っていたコーヒーを飲みながら覚悟を決めた。
      いきなりリュウの頭を捕まえると、強引にキスをした。
      「こーゆー好きなんだから、そばに居てェし守ってやりてェんだっ」
      リュウは、固まっていた。
      「…ホントはどっかに閉じ込めちまいてェけど…オレん事好きになって欲しいし…」
      沈黙が恐い。
      エンは硬直したままのリュウの頭を撫でるとバーガーショップを後にした。
      店内からエンが消えると、リュウはようやく立ち直り、頭を抱えた。
      指に絡まる髪に目をやりため息をついて、テーブルを片付けて外に出る。
      「…エン。」
      エンは、店の外でリュウを待っていた。
      「おれは…そうは見えないかも知れないが、エンを友達だと思っている。無くしたくない友達だ
     と思ってる。…行ってくる。」
      「リュウっ」
      「また明日、学校で。」



      撃墜撃墜、また撃墜。
      ついにエンはゲーム機のコントローラーを放り出してベッドに撃沈した。
      出会ったのは、つい最近。去年のクリスマスにケーキを売ってたサンタリュウにその場で撃墜
     されて捕虜になった。
      いかにも女の子と縁の無さ気な連中に絡まれていたんで、喜んで助けに行ったら、リュウは
     凄く警戒しちまって…たまたま、オレの連れがリュウも知ってるやつで誤解を解いてくれたし、
     紹介もしてくれた。同じ学校の生徒同士だって事もその時知って。それから…出来るだけの時
     間を一緒に過ごしている。
      理由はリュウに言った通りで。
      リュウを見られない間中、二十分毎に告り、三十分毎に押し倒す手順をシュミレートした。そし
     て今日は、四十分毎に勢いで告ってしまった後のリュウの答を思い出し、ちゅーの感触を反芻
     して、落ち着かないことこの上ない。



      先にエンを見つけたのはリュウだった。
      「おはよ。」
      「ああ、おはよう。予鈴前にお前を見るのは初めてだな。」
      「そうか?」
      「ああ。エンを見たら昼食の時間だ。」
      「いっ…言い返せねェ」
      リュウの笑顔に、エンは見蕩れた。
      「エン。」
      「ん?」
      「どうだ?おれは今にも倒れそうに見えるか?」
      「…。」
      いつになく口数が多くて、可愛い笑顔までサービスして昨日のエンの心配を除こうとしている
     らしい。
      「体の調子はいつも通りだけど、無理してるみてェ。」
      「?」
      「慣れねェコトしまくり。」
      「…周りを見て、やってみたんだが…」
      「周り、ねぇ。」
      「心配してくれて、ありがとう。」
      余程そのことが嬉しかったのか、いつもとは少し違う笑顔に、エンはまた見蕩れた。
      チャイムの音が校内に響く。
      「あ…」
      「リュウ、サボろうぜ。まだ話途中だし。」
      「今日の授業は全部サボれない。本っ当に出席が足りないんだ。」
      「そか。」



      「リュウちゃん★」
      「なんだ?」
      「チョコ欲し〜な〜★」
     「買えば?」
      それくらいの財力あるんだろ、と少し呆れたような表情をエンに向けたリュウが、また借り物の
     ノートに視線を戻す。
      「買えばって、今日はバレンタインだれがっそんな寒いこと出来っかよっ?」
      「はぁ?」
      学食のテーブルには綺麗な包み紙とチョコが氾濫していた。
      「ああ、今日は非常食の日か。」
      「はぁっ?」
      「明後日には安くなるんだよな。美味しい情報ありがとう。」
      リュウは大真面目にそう宣った。
      「いや…だからそじゃなくって」
      「缶詰めなんかが安い方が嬉しいなぁ…」
      しみじみとしたつぶやきだ。
      リュウにはバレンタイン=非常食の日と本気で認識しているらしい。しかも『貰う&あげる』で
     無く『もうすぐ安くなる前兆』。
      しかし、エンはめげなかった。
      クリスマスから今日までで、リュウの他人とはかなりズレた感覚をすでに何度か経験済みだっ
     た所為もあって、立ち直りは早かった。
      「それじゃ、買ってくるから半分こして一緒に食おうぜ?な?」
      半分こに、リュウが反応する。
      「…寒いってゆってた。」
      「寒いからよっ凍死しねェようにだなっ」
      「今日はそんなに寒くない。」
      「そっ…そか?」
      「ああ。それに、明日か明後日には確実に安くなるからそれまで待った方がいい。」
      「う…解った。んじゃ、今日は晩飯一緒に食わねェ?」
      「今日も千住邸でバイトだ。親睦会もやるそうだから、付き合えない。済まん。」
      「うぅ〜」
      「また機会があれば御馳走になる。」
      「絶対だぞっ約束しろっ」
      突き出したエンの小指に、リュウは笑いを堪えながら小指を絡める。
      「約束したからなっ絶対絶対一緒に晩飯食おうなっ」
      「ああ。」



      なんか変だ。
      やっぱり告ってからリュウに避けられてる気がする…
      付き合い悪いし…もとからか。
      決して二人きりにならないし…暖かいトコにゃいろいろ集まるか。
      変化無しかいっ
      誰も居ない部屋で、独り突っ込み。
      腹が鳴り、エンは台所を漁るが簡単な食べ物は全くない。
      ジャケットを羽織り、玄関へ。途中で部屋に駆け戻って財布をポケットに捩じ込み、今度こそ表
     へ出る。
      敷地を出たところで、門扉の影の気配に気付く。
      「リュウ!?」
      青ざめた顔に、エンは気が付かなかった。
      「なんだ?食いっぱぐれたのか?」
      「え…ん…」
      声を掛けられ、リュウの両目から涙が溢れ出す。
      「え?え?え?」
      よくよく見れば、着ている物がぼろぼろになっている。
      「リュウ!」
      薄い肩を思わず掴むエンの方が、青ざめていた。
      小さな悲鳴に、リュウが震えていることに気が付いて、エンは手の力を抜いた。
      「エンが言った通りだった…」
      「ん?」
      「千住は、吸血鬼だった。」
      「…来いよ。」
      エンに手を引かれて、リュウは素直に付いていく。
      「親睦会は、あいつに吸血鬼にされた人たちと、だったんだ。気が付かなくて…千住が腕を咬
     んだから、蹴り飛ばして、椅子で殴って、飛び出して来た…牙、生えてた。」
      「そか。」
      エンが極上の笑顔になる。
      「もう、恐く無いぞ。」
      リュウはこくっと頷く。
      「風呂、使えよ。こんなに冷えちまって、風邪ひいちまうぞ。」



      洗面台の鏡に映るリュウの姿が薄れ、消えてしまうが、リュウは気付かない。
      パジャマ姿のリュウをエンは抱き寄せた。
      子猫にするように頭を撫でて、腕の傷の手当てを始める。
      「腹、減ってねぇ?」
      「だいじょぶ。」
      「寒く無いか?」
      「エン、あったかい。」
      エンを見てリュウは微笑む。
      手当てが終わった。
      「…もお、行かなきゃ…」
      「ここ使っていいんだぜ?鍵も掛かるし、オレは別のトコで寝るから。」
      「……エンにこれ以上迷惑かけたく無い。」
      「迷惑じゃねェよ。」
      「でも、千住は人間じゃ無い…逃がさないって言ってた。」
      「一緒に、逃げよ?」
      「だめ。エンには家族が居る…」
      「離婚して、再婚するのに邪魔だとよ。」
      「エンは、友達だけど…そこまですることない…」
      「だったらっ」
      力任せに、エンはリュウをベッドに押さえ付けた。
      「エンっ」
      「リュウが、友達で居たがったから我慢しようって思ったけどっ」
      パジャマのボタンが千切れる。
      「オレが逃がさねェっここに閉じ込めるっ」
      「エンっやだっ」
      「だったら千住にしたみてェに蹴り飛ばしゃ良いだろ!?」
      「やだっエンが怪我したら…居なくなったら、嫌だ…」
      エンの体の下で、リュウは手足を縮めて丸くなる。
      「エンの側、あったかいけど…エンが居なくなるんだったら、会えない方が良い…」
      「リュウ…それって、オレんこと、好きってこと?」
      「…解らない…」
      「オレは、リュウに側に居て欲しい。リュウが怪我 したり居なくなったり…会えなくなるなん
     てまっぴらだ。」
      「…側に、居られたら…良いのに…」
      リュウの言葉と涙に、エンの理性は消し飛んだ。リュウは、抵抗しなかった。



      疲れたような、しかし穏やかな寝顔のリュウの布団を直してやりながら、エンは幸福だった。朝
     が来たら少ない預金を全て降ろして、リュウを連れてどこか遠くに行こうと、同じ布団に潜り込ん
     だ。
      明け方、エンは寒さで目が醒めた。
      傍らで眠っていたリュウが身繕いをしている。
      「リュウ、まだ寝てろよ。その…昨日は遅かったんだしさ。」
      返事はない。
      「リュウ?」
      なにか思いつめてしまってるのかと心配になって、顔を覗き込む。
      リュウは、何も見ていなかった。
      「リュウ!」  肩を掴んで揺さぶると、リュウの視線がエンに向いた。
      虚ろな両目から涙が溢れる。
      「リュウ!?」
      エンの体が、宙を飛んだ。
      「のわ〜っ!」
      着地先のベッドをリュウにひっくり返されて、やっとリュウが投げ飛ばしたのだと解った。
      ベッドは重く、エンが這い出る前にリュウは外に出て行ってしまった。
      わずかに明るくなる窓の外から、エンジンの重低音が聞こえる。
      リュウは、連れて行かれてしまった。
      「〜  〜〜っ!」
      感情に任せて床を殴る。
      「誰がっ」
      立ち上がる。
      「誰が諦めるかってんだっ」



      3時間後、朝日山壮一のアトリエを訪ねると巨大化した『ディズニーの小人』のような男が満面
     の笑顔でエンを出迎えた。
      「おっちゃん、どうだ?」
      にぱぁと笑って、朝日山は木刀を示した。
      「いや、おっちゃん、吸血鬼を倒したいんだから、杭が欲しいんだぜ?」
      「材木はトリネコ。ライ子君にちゃあんと聞いたよ。」
      にこにこにこにこ
      「う…」
      「それに杭は絵にならん。お姫様を助けに行く勇者が携えるのは伝説の剣と相場は決まって
     いるんじゃよ。」
      確かに、ライオンの頭が彫り込まれて、それらしく見える。
      試しに切っ先に触れると確かに痛く、指先に血の玉が出来た。
      「中々のもんじゃろ?」
      「ああ、ありがとな。」
      「なんの。」
      「ちったぁダイエットしろよな。また発作起こしてもオレが居るとは限んねェぞ。」
      「ああ、待ちなさい。」
      「急いでんだ。早くしねえと、夜になっちまう。」
      「この袋に入れて行きなさい。そのままでは危ないし、警察の厄介になってしまう。」
      「そか、サンキュな。」
      エンは渡された袋に剣をしまおうとして、思いの外近付いた鼻っ先の匂いを嗅いでしまった。
      「うわっ臭っなんだよこれっ」
      朝日山は胸を張って仰け反った。
      「にんにくに決まってるじゃろ。」



      日が落ちる前に、エンは千住邸に忍び込んだ。
      敷地にはすぐに入れたものの、屋敷の中には中々忍び込めない。
      一階の、忍び込めそうな扉も窓も鍵が掛けられている。
      吸血鬼は昼間は眠っているものと相場は決まっているが、今日は曇って薄暗いし、大きな音
     をたてれば起きてくるかも知れない。
      エンは二階のベランダに目をつけた。
      樋を伝ってよじ登る。
      途中何度かひやりとしたが、ベランダに辿り着いた。
      ガラス戸に手を掛ける。
      今度は上手くいった。
      音を立てずに窓は開き、エンは屋敷に潜り込めた。
      古い建物だが、荒れてはおらずによく手入れされている。
      慎重とは程遠いエンの歩調だがふかふかの絨毯に足音は消された。
      二階に人影はなかった。一階にもない。
      エンは二階に戻った。
      一番豪華なベッドルームに迷い込む。
      そこには巨大な千住の肖像画が掲げられ、骨董品が飾られている。
     エンが何気なく触れた騎士の鎧の腕が下がると、大きな歯車が動く音と振動が響いて来た。
      「!」
      ばかでっかいベッドが滑るように動 いて、下に続く階段が現れた。
      エンはためらうことなく、薄暗い階段をおりて行った。



      降りた距離から、そこは地下であるようだった。
      一応明かりが点されていて、動き回るのに不自由はないが、雰囲気はめちゃめちゃある。
      だだっ広いそこは、整然と棺桶が並んでいた。
      軋む音をたてて、一斉に棺桶の蓋が開き、中から肖像画のままの千住と美女達が起き上がっ
     た。
      エンは、とっさに棺桶の影に隠れた。
      中に居た、まだ少女のような美人がエンに気付いたが、驚いたエンに優しく微笑んで唇に人さ
     し指を当てるとゆっくりと伸びをした。
      気付かなかった振りをしてくれたのだ。
      「まだ、納得できないわっ」
      美女の一人が、しどけなく千住の棺桶のふちに腰を掛けて憤慨している。
      「そうかね?」
      「だって…」
      千住が棺桶を抜け出ると、奥に置かれたソファーの毛布の固まりに手を延ばす。
      「可愛い子じゃないか。」
      毛布が跳ね上げられ、枷を着けられた両手が千住の顔面めがけて繰り出される。
      不自由な攻撃を軽く避けて、千住が笑う。
      「楽しませてくれそうだし。」
      捕まえられたリュウが千住を睨んでいる。千住はリュウをソファーに突き飛ばした。
      美女達が次々と千住の身支度を始める。
      「今夜は君の棺桶を注文しなくてはね。」
      出入り口、エンの側に足早に近付いてくる。
      「そんな必要ねェよ。」
      千住の前に、エンが立ちはだかった。
      「エンっ」
      エンの手にした剣を、千住が紳士のたしなみと手にしていたステッキでたたき落とされた。
      「だめっ」
      全力の出せないリュウが千住にしがみついた為、エンは追撃を逃れたが、代わりにリュウが
     硬く冷たい床に叩き付けられた。
      すぐに美女達の影に隠れてしまったが、リュウの手足がめちゃめちゃに折れ曲がり、唇から血
     が溢れ出すのを、エンは見てしまった。
      「このっ」
      呆然とするエンに千住の攻撃はなかった。美女達が棺桶の蓋を振り回してエンを守っていた。
      「てめぇっ」
      エンが落とした剣を拾い上げ、千住の心臓を貫く迄は、数瞬だった。
      エンは、倒した魔物に目もくれずに美女達に隠されたリュウに駆け寄った。
      美女達は、みな一様に困った表情をしている。
      口元の血を綺麗に拭われて、リュウは眠っているように見えた。
      「リュウ…」
      エンに呼ばれて、リュウは目を開け、不安そうに周りを見る。
      「彼、勝ったわよ。」
      リュウを抱いて、世話を焼いていたのは、エンに気付かない振りをした美女だった。
      「エンっ」
      エンの首に抱き着いて泣き出したリュウを見て、その美女はため息を付いた。



      「さぁ、帰ろ。」
      「ああ。」
      千住屋敷の外に出ようと、ノブに手をかけたエンが、驚いたようにその手を引っ込めた。
      「綺麗にしててもボロいな。釘が出てた。」
      引っ掛けた手に、小さな血の玉が膨らむ。
      ぽたん
      床に落ちたのは、エンの血ではなくリュウの涙だった。
      牙が生えても、リュウは可愛らしかった。
      リュウがエンの手をすり抜けて走り出した。
      「あ…」
      その後ろから、エンを助け、リュウを介抱した美女がエンに会釈をしてリュウを追い掛けた。
      「やっぱり、あの子も…変えられちゃったんだ。」
      「え?」
      「怪我、すぐに治っちゃったもんね。」
      「君の可愛い子は、吸血鬼にされたの。」
     「千住が死んでも、吸血鬼のまま。」
      「私達も…あの子も」
      美女達がエンに会釈をしながら次々に脇をすり抜け外に出て行く。
      その影にまぎれて、リュウも姿を消した。



      それから一年後。
      街はまたバレンタインのチョコが氾濫している。
      その中を、エンはとぼとぼと家路についていた。
      門の側の影に、気付いたエンの足が止まる。「リュ…ウ…?」
      「エン…お姉さん達が、会ってらっしゃいって…」
      恥ずかしそうな仕草に、エンは笑顔を見せ、ポケットの中を握りしめた。
      「公園、歩こうか?」
      明かりの付いているエンの家から、罵りあう声が届く。
      「うん。」
      二人、ゆっくりと歩く。
      「御飯、ちゃんと食べているか?」
      「…ふつうの御飯、食べられなくて…」
      「リュウ…」
      「でも、ミルクは飲んでる。」
      近所の人とすれ違う。
      「ミルク?」
      「…血に、近いから…」
      遠ざかる人影におびえるようにリュウが呟く。
      エンは、隠すようにジャケットの中にリュウを抱き込んだ。
      「寒くないか?」
      「…うん。」
      公園に着いた。
      あまりの寒さに、さすがと人気がない。
      「一年、後悔してた。オレってばかだよな。」
      そんなことない。とリュウは首を横に振る。
      「ホントは、もっと早くにこうすればよかったんだ。」
      ポケットから出されたエンの手には、カッターが握られている。
      「ごめんな。」
      刃が繰り出される音を聞きながら、リュウは穏やかに微笑みエンの手が抱き寄せるのに身を
     任せた。
      「愛してる。」
      リュウは、微笑んだまま目を閉じた。が暖かいものが落ちてくるのに気付いて目を開けた。
      「エンっ」
      エンは、自分の首を切り裂いていた。
      リュウの口に牙が生えていくのを、エンはうっとりと見つめる。

      「なぁ、チョコ買おうぜ。」
      「明後日には安くなるって。それより…」
      「おおっミルクが激安いじゃんよっ」



      駐車場で、広瀬と宇津美に会った。
      う…オレか森が付いてない限りは入れるなときつく言ってあるから大丈夫だとは思うんだが。
      「よっキミんちでドラマ見せてもらったよ。」
      「我々は明日早いのでこれで失礼させてもらうよ。」
      可愛らしい包みを振って、出て行った。
      …心配だ。



      玄関の前で森と樋野と兄貴と会った。帰る所らしい。兄貴が居たなら、安心だ。
      「皆でドラマ見てたんだって?」
      「ああ、あれ。」
      「わし、見れンかった。」
      「僕もです。」
      激兄貴とひどー君が真っ赤になる。
      「あたしも、さすがとベッドシーン見れなくて…見ていたのは、広瀬と宇津美だけよ。」
      「気まずい御飯じゃった。」
      「相変わらず手料理は絶品でしたが…」
      悪役顔だが人の良いひどー君がぐったりしている。広瀬と宇津美に気を遣いまくったんだろう。
     不憫。
      「送って行くぞぃ」
      「お手数をおかけしました。」
      おかまの森が残った。
      「あの子今凹んでるけど、広瀬達にイヤらしいことされた訳じゃないから。」
      ウインク一つ残して、森も帰って行った。
      いつもお手数をおかけします。これからもよろしくお願いします。頼りにしてます。…気色悪い
     けど。



      「ただいま。」
      奥からお出迎えしてくれるのはいつも通りだが、今日はいつもの勢いがない。
      「どうした?」
      森が言った通り、凹んでいる。それでも美少女っぷりは下がらない。
      「お兄ちゃんのチョコ、ないの。」
      抱き寄せた躯が震えてる。
      「お兄ちゃん、一番大好きなのに…」
      「知ってる。お兄ちゃんもお前が大好きだ。だから、元気に笑ってるのが見ていたいってのも、
     解るか?」
      「…うん。」
      「では、お風呂で暖まっておいで。こんなに冷えきって。」
      「うん。」



      レースとフリルをこれでもかっと使ったネグリジェを着て、竜はまだ不機嫌だった。
      あ。竜は弟だ。双児の。
      生まれつき身体が弱くて、父が死に神に連れて行かれないようにと未だに似合いそうな女物
     の服を買ってくるものだから(最近は海外進出までしてるからサイズは合う)家の中ではこんな格
     好だ。
      「どがんばってももおダメだよ。バレンタイン終わっちゃう。」
      「広瀬が間違えたチョコで良いよ。」
      「絶対だめっお兄ちゃんは食べちゃだめっ」
      「包みが違うだけだろう?」
      「違うもんっ激お兄ちゃんはチョコ苦手だからクッキー作ったし、ひどー君は甘いもの好きだか
     ら甘〜いの作ったし、森ちゃんには良い匂いの作ったしっお兄ちゃんのは、一生懸命美味しいの
     作ったんだもん。」
      「そ…そうか」
      「うん。だから、それ『高級チョコ』だけど、そんな愛情篭ってないもの、お兄ちゃんにだけはあ
     げられないのっ」
      「そうか。」
      「うん…」
      か…可愛い。
      「竜、お兄ちゃん、ホットチョコが飲みたいな。」
      言うと、パッと明るい顔になる。
      「すぐに作るねっ」
      「竜はここに居て、身体を冷やさないようにするんだ。」
      「でもそれじゃ…」
      「一緒に作ろう。ミルクを暖めてくる。」
      温めに暖めたミルクを持って、竜の側に戻った。
      「お兄ちゃん、スプーンがないよ。とってくるね。」
      「要らないよ。」
      「でもぉ」
      オレは竜の口に小さめのチョコを押し込んだ。
      「竜が溶かして、混ぜれば良いんだよ。」
      きょとんとしていた竜が、オレを軽く睨む。
      「お兄ちゃん、んんっ」
      口移しにミルクを注ぎ込むと、溶けかけたチョコと混ざったミルクが送り返されてくる。何度も繰
     り返すと、それは温いホットチョコになる。
      「美味しいな。今度は竜も飲めよ?」
      「もーお兄ちゃんたら…」
      背中を喘がせている竜を、弟だと思ったことは一度もない。妹だと思ったことだってない。
      「お兄ちゃんじゃないだろ?」
      「…炎…」
      恥ずかし気に呼ぶ唇に、またチョコを押し込んだ。
      ここのところ体調は良いようだし、機嫌も悪くない。
      「夜更かし、しようか?」
      オレは微かに頷いた竜のネグリジェの裾に手を差し入れた。おわり。


      前半参照 バレンタイン14の恐怖 アシモフ他編 小梨直 訳
          吸血鬼の贈り物 ダニエル・ランサム      新潮文庫 平成元年1月刊


      甘い話をありがとうございました、らぐちゃん*いやーもー甘いわ熱いわ…ちょっとギャグ入り?
      堪能させて頂きました*

                                 

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