目指せ!スーパー冒険者
小さな村の唯一の酒場。
ありとあらゆる職業の男達がにぎやかに酒を飲んでいる中、扉が開いた。
新しい客に目を配るマスターは、怪訝な表情になった。
黒いマントを作り直したようなローブは、明らかに魔法使いのものではない。しかし、全身をそれですっぽりと覆っている、小柄な
少年。
わずかに見える革の鎧から、マスターは狩人の少年だろうと見当をつけた。
ここに来るのは初めてらしく、キョロキョロと落ち着かなく辺りを見回しながら、カウンターに近付いてきた。
「何を飲むかね」マスターが声をかけると、びくっ、と顔を上げる。
血のように赤い瞳が、幼い顔立ちの中、強い光を放ち。
「あ……それじゃ、赤ワインを薄めて……」
手渡されたコップを受け取り。「マスター。ここに仲間を求めてるパーティーはいない?できれば、強い剣士のいる……」
「よう、坊主!」バン、と勢い良く背中を叩かれて、少年はワインを吹き出した。
「ガキがこんな所に何の用だい?うち帰って、おっ母さんのおっぱいでも飲んでな」
酔っ払いに絡まれて、少年はカッと顔を赤らめる。
「バカにするな!私は剣士だ!」叫んで振り返った拍子に、フードが頭から外れる。
黒い布の下に隠れていたのはピンクの巻き毛。少女のように愛らしい顔立ちと不釣合いな、鋭い眼差し。
不吉なほど血赤色の瞳が、酔っ払いを激しく見据える。
が、男の方はゲラゲラと笑い。「剣士だってぇ?その可愛いナリじゃ、男娼でもした方が向いてるぜ!」
ピシッ、と少年の額にくっきり青筋が立ち。
「私を侮辱するなっ!」叫ぶと同時に椅子を飛び降り、マントを跳ね除けた。
ジャキンッ!
目に止まらぬ速さで剣を抜いていた。それも、二本。
しかも刃は短め、柄はやたらと長い、奇妙な作りの剣。
「お、お客さんっ!」マスターが顔色を変えて叫ぶが、二人の耳には届いていない。他の客もいい見世物とばかりに集まって
はやし立てる。
「ガキが刃物を振り回してらあ」先の酔っ払い男はバカにしたように笑い、背中からゆっくりと、巨大なバスターソードを下ろした。
その大きさに、少年は思わず息を呑む。
ニヤリ、と男は笑い。「可愛がってやるぜ……」
次の瞬間、その剣は振り上げられた。
「スリープ」
低レベルの催眠魔法。だが、普通の人間にはほぼ100%効く。
すさまじい眠気に抗えず、マスターも客も、酔っぱらい男も次々に倒れていく。
少年の身体を、やはり魔法が襲う。
『精神力じゃよ』
はっとした。
目の前に、祖父の優しい笑顔が蘇る。
『剣士は、自分よりはるかに低いレベルの者の魔法なら無効化できる。しかし、そうでない場合、精神力で魔法を跳ね返す
しかないんじゃ』
「……くうっ!」ぐっと歯を食いしばり、体中の気力を集め、奮い立たせる。
ビクン、ビクン、と少年の身体はわななき。「う……はあっ!!」
バンッ
まるで何かが弾けたような音。
それと共に眠気は失せ、少年は精神力を使い果たして、ガクッとその場に跪いた。
カツン
はっと、少年は顔を上げる。
魔法使いだ。グレーのローブの胸元には、中級魔法使いということを示す、Mの縫い取りがしてある。
短く刈り込んである黒い髪、端整な顔立ちの中、ブルーの瞳が澄んだ色を放っている。背は高いものの、魔法使いらしく
身体は細身だ。
「まさかオレの魔法を跳ね返すとは思わなかったな」
近くのテーブルに、少年剣士は手をつき、何とか起き上がる。「何故、魔法を……」
「放っとけないだろ。こんな酒場での切り合いなんて……短気だな、お前。あんなことくらいで一々剣を抜くなんて、とてもじゃ
ないが一人前とは言えないな」
再びカッとなった少年の顔を見て、「ホラ、すぐそうやってムキになる」とひやかす魔法使い。
そのまま、少年の近くに寄る。「本当に剣士か?」
「もちろんだ」弾かれたように答える少年。
と、魔法使いは右手を差し出してきた。
いぶかしむ少年に、笑って説明する。「オレも、一人旅は飽きてきた頃なんだ。お前さん、腕はまだまだだが、魔法を跳ね除け
るなんて見込みがある。一緒に連れてってやるよ」
「何だって!」再びいきり立つ少年。「たかが中級魔法使いが、えらそうな口を叩くな!」
「生意気言うんじゃないよ」ピン、と少年のおでこを弾く魔法使い。
「オレの名前はオステオ。オスティ、って呼ばれている。冒険者を始めてもう六年になる」
「……私はアルブライト」渋々手を差し出す少年。「冒険は……まだそれほど長くない」
「長くない、どころか、旅に出るのは初めてだろ」
ギクッとするアルブライトを見て、オステオはニヤニヤし。
「一目でわかるさ。……次の街に着いたら、その理由、教えてやるよ」
「お前、年はいくつだ?」
「……十六」
「誰に剣を習ったんだ?」
「おじい……祖父だ」
「へェ。父親は剣士じゃねェのか?」
「……鍛冶屋だ」
「そうか。じゃあ」
「ちょっと待てっ!」立て板に水のごとく続く質問を、やっと止めたアルブライト。「さっきから、あんたばっかり聞いてるじゃな
いか!」
「ホントに短気だな、アルは」オスティにグリグリ、と頭を撫でられ、アルブライトは余計顔を赤くし。
「子供扱いしないでよっ!」
「いや〜〜〜〜〜ん!!」
森の中で響いてきた女性の悲鳴に、オスティは物も言わずに駆け出していた。
慌ててアルブライトも後を追う。しかし、魔法使いの足は思ったより速い。
「……へっ?」先に現場に着いたオスティが、間の抜けた声を上げる。
追い着いたアルブライトも、呆れた顔になった。
そこに座り込んでいるのは、少しパサついた感じの、褐色の長い髪の女性。化粧は濃く、ピンクの服は薄手で、しかもおへそ
が出てたりスリットが入ってたりと、やたらとセクシーだ。
そのネーちゃんを取り囲んでいるのは……よりによって一番レベルの低いモンスター、スライムやバット。ただし、数はやた
らと多いが。
「やっだァ、来ないでよ〜〜〜!いやァん!!」どうやら女は腰を抜かしているらしく、その場でひたすら叫んでいるだけ。
「……しょうがねェな」オスティは溜め息をつくと、杖を振りかざし。
「アル、スライムはお前に任せてやる。オレはバットをやってやるから……ファイヤー!」ゴオオッ、と炎が杖の先から噴き出し、
素早く飛び交うバットを次々と平らげていく。
魔法使いの言い方にちょっと腹を立てたものの、アルもチャキン、と剣を両手に抜き。
「たああっ!!」ザザザザッ
二本を上手に、わずかにずらして動かし、見る間に山のようなスライムを二つに切断していく。
器用に剣を鞘に収めるアルを見て、オスティは品定めをするように、小さくうなずき。
「変わった型だな。初めて見た……けど、太刀筋はまともだな」
「当たり前だ!おじいちゃんは最高の剣士だったんだから!」
ヒュウ、とひやかすようにオスティは口笛を吹く。
「ありがとうございますゥ!」ぎゅっ
女がいきなり抱き着いてきたのは、アルの方だ。
「へっ、な、何するんですっ!」真っ青になり、慌てて振り解こうとする。
「あなたってば強いのねェ……あら?」ふと手を自分の方から解き、上から下まで、少年剣士を眺める。
「あなた……冒険者じゃないのォ?」
「そいつはたった今、冒険に出たばかりさ。まだ登録もしちゃいねェ」オスティが口を挟む。
見る間にネーちゃんの眼差しは、軽蔑したようなものになり。「なァんだ。シロートなのォ」
「スライムに腰抜かしてた女が、バカにするなっ!」
「仕方ないでしょォ、あたしはあーゆーブニョブニョした生き物って気持ち悪くてダメなのよォ」
「最低!情けないね」フフン、とバカにしたように、アルが鼻で笑う。
ネーちゃんの化粧の濃い顔は、見る見るゆがみ。「あなたねっ、巫女をバカにするとォ、バチが当たるわよォ!」
ぱちくり。
そんな感じで、アルとオスティは目を見開き。
「巫女おおおおっ!?」同時にわめき。
「巫女だって?!そんなケバい巫女が、どこにいるんだよ!」「そんな化粧の濃い、やらしい服を着てる巫女なんているもんかっ!」
「悪かったわねっ!」真っ赤になりながらも怒鳴る化粧巫女。
「ホラァ、ちゃんと巫女の証拠ォ!」いきなり、スリットから白い太腿を露にした。オスティはブッと吹き、アルは真っ赤になる。
「ホラァ、このリング!『大地の恵みの女神』の紋章!」
「……ちょっと待てよ」それでもしっかりと、その悩ましい脚から眼を離さないオスティがつぶやく。「それは確か、腕にはめる
もんじゃ……」
「あァら、だってこの方がセクシーでいいでしょォ?」
アルは頭を抱え、オスティはやれやれ、といったように溜め息をつく。
「ところであなた達ィ、どこまで行くのォ?」
オスティはアルを親指で示し。「こいつの登録のため、ヘペル町に」
途端、巫女の眼が期待で輝く。「あなた達ィ、パーティー組むのォ?」
「そのつもりだけど」
ぎゅっと、今度はオスティの腕に抱きつく巫女。「じゃ、あたしも入れてよォ!」
「いっ!?」
巫女は腰をくねくね振り。「だってェ、困ってるんだもん。前のパーティーに追い出されちゃうしィ、この森、スライムが一杯
いるしィ」
「反対だっ!」
怒鳴ったのは、それまでの成り行きを、絶句して眺めていたアル。
「冗談じゃない、こんな役に立たないインランヘンタイ女、真っ平ごめんだ!」
途端、ギロッとすさまじい迫力で睨む化粧巫女。
「石っころかもしれないあなたよりは役に立ってよ」そう言うと、左腕をひらひらさせた。
「ペリドットか……わかった。取り敢えずは連れていく」
「あなたァ、アクアマリンね」オスティのピアスを見て、巫女も言い。
「よろしくゥ。巫女のシップルよォ」
「オレは見ての通りの中級魔法使い。オスティと呼んでくれ」
「反対だって行ってるだろ!」わめくアルを、オスティは睨み据え。
「冒険初心者が逆らうな。彼女はお前より、はるかにランクが上だ」
何も言えずに、アルは下唇を噛み締める。
勝ち誇ったようなデーハー巫女シップルの高笑いが響く。
「ぎゃあああっ!!」
「今度は何だ!」叫びながら、素早く声の方向に走り出すオスティ。
弱そうに見えた巫女のシップルが、それに負けないスピードで後を追う。
力の差に愕然としながらも、アルも負けじと後を追っ掛けた。
剣士の息が完全に上がり、もう走れない、と思った頃。
「おいっ!」オスティがしゃがみこむ。
そばには馬車が一台ひっくり返っており、御者と兵士が二人、そして馬車の主らしい男が血の海の中、倒れていた。
「くっそ……もう駄目だ、死んでる……」舌打ちするオスティ。
「ねェ!この人、まだ息があるわよォ!」
シップルの声に、オスティは「ヒールをかけろ、早く!」と怒鳴る。
「使えないわよォ、そんな魔法!」
「何だって!?本当に巫女か、お前!」悪態をつきながら、オスティが治癒魔法を唱える。
見る間に男の傷は消え、意識を取り戻した。「……き、君達は……」
「通りがかりの旅のモンです。何があったんですか?」
「モンスターが襲ってきて……そうだ!娘は!?」
素早く倒れた馬車の下を覗いたシップルが、首を横に振り。「いませんわァ」
「じゃ、やはりモンスターに浚われて……!」
興奮している男の肩を、オスティは押さえ。「落ち着いて下さい!……とにかく、町までお送りします」
page 1