白藤学園シリーズ番外編
             


             「おーい、何トロトロ歩いてんだよ!早く来いよ」
              ヤカがうれしそうに叫び、赤い長袖Tシャツに包まれた腕を大きく振る。
              そんなガキっぽい彼女の姿にサーはクスッと笑い、あたしは呆れたように溜め息をついてやった。
              ホント、ヤカってガキんちょ。
              大人っぽい外見、まるで裏切って、すっごく可愛い。
              ここは、サーんちのわりかし近く。ただいま、お弁当とお菓子、そして飲み物――あ、もちろん
             アルコールはなしね!――でもって、お花見に向かってるトコ。
              も、すっごくすっごく楽しみっ!
             「そんなにストロベリータルトが楽しみなの?」
             「うんっ、そ……じゃなくって!」思わず赤くなってしまい、サーにわめいた。
             「あ、あたしはねっ、きれいな桜が一杯の公園ってのが楽しみなの!」
              ……ホント、サーってば意地悪。……こんな時まで、鋭くなくったっていいでしょ。
              それに、確かにサーとヤカが作ってくれたお菓子も楽しみだけどね、そのとってもきれいな公園
             ってのも本当に楽しみにしてるんだから。
              ……サーの好きな花で、思いっきり楽しもうね。
              高校最後の春だもの。



             「どした、リコ。食欲ないのか?」
              ヤカにそう尋ねられて、「あ、ううん、あたしも食べる!」と言うと同時にレモンケーキを掴んでいた。
              プッと噴き出す彼女。「まーったく、やっぱリコだ」
             「何よ、その言い方」
              クスクス笑い、あたしの頭にちょっと手を置くサー。
              ……別に、お腹が空いてないわけじゃないもん。ただ、桜のあまりのすさまじさに、圧倒され
             てただけ。
              すごい量の桜。気が触れたように咲き狂う、白に近いピンクの霞。
              一つ一つの花は、とっても可愛らしい小さなものなのに。
              この咲きようは……『気が触れた』としか言いようがない。
             『狂気の花』
              恐いくらいに……美しい。
              思わず身震いをしてしまったら、それと同時に、急にトイレに行きたくなっちゃった。
             「あ……ね、ねェ、その、トイレって……どっちだっけ?」
             「ん?」ちょうど口におむすびを詰め込んでいたヤカは、答えられなくて、代わりに左手である方向
             を指した。
             「ここを真っ直ぐ行って、右に曲がれば見えてくるよ」サーが説明してくれる。
             「じゃ……その、すぐ戻ってくるね」ビニールシートから立ち上がった。
              と、ヤカは口の中のものを呑み込んで。「迷子になるなよ」
             「ちょっと、ヤカ!」も、どこまで人をバカにすれば気が済むのよっ!
              思いっきり睨むと、ヤカはニヤッと笑い。
             「安心しろよ、ちゃんと探してやるからサ」



              手をハンカチで拭きながら、トイレを出る。
              ふと見ると、トイレの左手には、桜がまったくないスペースがあった。
              ……ううん、違う、この木もみんな桜だ。
              でも、ちょうどビルの影になっているせいか、花がまるで開いてない。
              ちょっとそこに近付いてみた。
              途端、ぞくぞくっ!
              ここって、場所が悪いのか、妙に冷たい風が吹いていて、ひんやりする。
              影で暗くなっている中、不吉なほど黒く見える桜の木。
              ……あれ?
              その中でも、一際大きな桜の木が、あたしの眼を引いた。
              その桜も、まだ花が開いてないのだけど。
              向かって左の枝の先……そこだけが、何故か、桃色を含んだ白の花で覆われている。
              まるで、右手の指一本だけに花をつけてるみたい。
              何となく、自分の右手の指に眼をやった。
             「この桜がどうかした?」

              どきっとし、慌てて振り返った。
              いつの間にか、そこには桜の精が立っていた。
              淡い褐色の髪が、風に乗って柔らかく舞う。
             「……サー」
             「どうしたの?」
             「う、うん……なんかさ、その、ヘンな桜だなって思って……」
              そう言いかけて、言葉を切った。
              ……今、サー、『この桜』って言ったよね。
              まるで、これが自分の桜であるかのように……
             「あ、あの、サー……この公園には、よく来るの?」
             「毎年桜の季節には必ず来るよ」
             「そっか……ここ、きれいだもんね」素直に感想を言った。
              けど……やっぱり『きれい』だけじゃ済まされない。
              ここには、恐怖が……狂気が、この世と思えないような、別世界の美しさと同居している。
             「……ねェ、サー。この桜って……何か、わけがあるの?」おずおず聞いてみた。
              その……もし、あたしのカン違いだったりしたらマヌケだし、サーに悪いし……
             「これは、私の桜だから」
              ……え。
              私の、って……だって、ここは公共の公園……
              桜の前に立つサー。
              右手を伸ばし、その繊細な指を、ごつごつした黒い幹に滑らせる。
              そうして立つと、正にその桜は『人』だった。
              サーと同じように右手を伸ばし、その先に花を纏わりつかせて、そこに立っていた。
             「これは、私の桜だから。
              ……これは、父上だから」
             「……え……」
              頭が。
              まるで霞がかかってしまったように、ぼんやりとしている。
              桜はまるで麻酔。
              すべてが夢のように感じる。
             「父上が事故に遭って死んだ時……あの時も、春だった。
              狂ったように桜の咲く季節だった」
              風が強く吹き、長い髪を吹き散らす。
              わずかな桜の花から、花びらが一枚外れ、ふんわり、サーの肩の上に落ちる。
             「桜の木の下に、死体が埋まってる……知ってるよね」
             「……坂口安吾……」
              うなずく。「そう。……でも、この桜には、本当に死体が埋まっているんだ。
              この下にいるのは……私の、父上」
              空を見上げる。
              白い首が仰け反るのを、あたしはぼんやりと眺めていた。
              艶めかしいほど、青さを含むほどの白い首。
             「通夜の夜……私は、父上の身体の処に行った。
              そこには、父上が眠っていた。目を覚まし忘れて、眠っていた。
              父上の指……右手の指を一本、切り取った」
              ザワザワザワ。
              まるで氷のように冷たい風が、木々の枝を吹き鳴らし、あたしの頬を凍らせる。
             「ここに、指を持ってきた。
              そして、この木の下に埋めた。
              来年もまた、会えるように。
              いつまでも、いつまでも会えるように」
              両手を広げる。
              後ろ向きに、桜を抱き締める――お父さんを、抱き締める。
             「父上は、桜に取り込まれたんだよ。
              父上の指は養分となって、根から取り込まれて一つとなった。
              もうこの桜は父上と同じになってしまったんだ。ごらん、こんなにきれいに咲いてるだろう。
              本当はね、父上の体全部をここに埋めたかったんだ。
              けど、小学生の力では、指一本くらいしか、切り離して持ってくることができなかったからね」
              身体を桜の幹に預ける。
              桜の中に、父の胸に、身体を埋める。
             「そう、桜は父上……父上は、桜。
              春になれば会える父上。
              生きていることを、これ以上に激しく美しく現すことができないくらいに知らしめている父上。
              だから、私は桜を愛してやまない……」
              桜の木が、お父さんが、サーを思いっきり抱き締める――

             「リコ?」
              はっと、我に返った。
              気が付くと、いつの間にか、後ろにサーが。
             「どうしたの?こんな所で、ボーッと立ってて」
             「……え……あ、あれ……」
              ――あれ?
              あたし、今まで、何やってた?トイレ出て、ヘンな桜の木をみつけて……んで、何やってた?
             「あんまり遅いんで、様子を見に来たんだが……どうしたの?具合でも悪いの?」
              労わるように優しいサーの声。
             「あ、ご、ごめん……何か、ぼんやりしてたみたい」
              ヘンなの。あたしってば、立ったまま、居眠りでもしちゃったのかな?
              記憶がポッカリと、そこだけ欠けちゃっている。
             「ヤカも心配してるぞ。さ、戻ろう」
             「う……うん」
              もう一度、その桜を振り返った。
              ……右っ側の枝の先だけに花をつけた桜。
              何故か、他の花よりも、少しだけ赤いような気がする……
              背を向け、歩こうとしたら。
             『皐月をよろしく』

              ――えっ?
              思わず、もう一度振り返った。
              今の……何?
              サーの声を、もっと低くしたような感じの、穏やかな男の人の声。
              ……誰?
              何?
              ……気のせい……?


             今だこれを越える桜ネタは書けません。っつーか、才能ないんだな、自分(苦笑)
             でも、自分的にはこれが桜ネタで最高峰なので、この季節だけアップします。
             このシリーズはサイトにアップしません……ってゆーか、不可能!死ぬほど長いんだもん!
             まだ終わってない「冒険者」の長さの本で18冊分(!)あるんです……それだけでメモリ消
             えるって*
             現在第一話の触りのみをピクシブにアップしています。

                                    

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