「この時間なら、まだモーニングやってるよ。ごはんとパン、両方あるし」 「へェ。じゃ、このモーニングのライスの方、頼むわ。コーヒーで」 「かしこまりました」ニコッ、と笑う少女に、一瞬胸がやかましく鳴る。 『にしても、あいつ、さっきのウェイターにヘンなことされてたわけじゃないのか?』見てしまった少女の不安気な表情が気になって、今度は男の方を振り返る。 が、その目は険しくなる。 笑顔を振りまくウェイターは、どう見ても女性客を片っ端からナンパしているようにしか見えない。中には、明らかに付き合ってるらしい女性もいて、最近付き合いが悪い等と文句を言われている。 『見た目通りのタイプかよ……ってことは、上谷もあいつにちょっかい出されて困っているとか、あるいは遊ばれて捨てられたとか』 途端、ズキッと、前触れもなく胸が締め付けられた。 『?……何なんだよ、一体』そんな自分にわけもなくいらつく。と、いい匂いのするプレートが運ばれてきた。 「お待たせしました」 明るい笑顔の少女には、さっきの表情はみじんもない。 「あ……ああ、サンキュな」 五穀米のおにぎりを頬張る。 「お、うまい」 「でしょ?バイトしてて、ここのまかない、いつも楽しみなんだ」うれしそうに言う少女の笑顔が妙にまぶしくて、思わず目を細めた。 ……いいかな、ここで本当にひと夏、バイトしても。多少バイト代が安くても、白井もいるし、メシもうまいし……それに、もしこいつがあの浮かれたウェイターのせいで困ってるのなら、守ってやれるかもしれないし。 「なあ、上谷。この辺で履歴書売ってるトコと、スピード写真をやってるとこ、知らないか?あと、ここの店長って、今いる?」 「え?」キョトンとする有紀。「店長なら、台所に引っ込んでるから、あまり……あ、今顔出したでしょ?あの人。それと、向かいの通りに文房具やとスピード写真があるけど……もしかして関口くんも、ここでバイトするつもり?」 「何だよ、悪いか」 「ううん、悪くない!」うれしそうに笑う有紀。「ここ、今人手が足りなくて困ってるんだ。でも、野球の方、大丈夫なの?」 痛いところを触れられて、わずかに顔をしかめる。「ああ……いいんだ。やめたから」 「ええっ!」 すっとんきょうな声を出してしまい、有紀は慌てて辺りを見回し、謝るように頭を下げた。 今度は声のトーンを落とし。「でも、関口くん、野球が一番……」 問いかけたものの、彼の苦しそうな表情に気付き、口を噤む。 「……えっと、その、本当にバイトしてくれるなら、私もうれしい。まるっきり知らない人だらけだと、やっぱり不安だし。関口くんが来てくれれば、百人力だよ!」 「そっか。他にここで仕事してるのは、あのウェイターだけ?」 「ううん、ほら、あっちの奥に那美ちゃんが」 「なみ?……ああ!」 一年下の、有紀の金魚のフン。その美少女っぷりと、ひどい人見知りとで有名だ。 「……あいつ、バイトなんてできるのかよ」 「ここ、だって那美ちゃんのお兄さんの店だし」 「えっ!」思いも寄らぬ話を聞いて、驚く。 「……ま、いっか。店長に俺のこと、売り込んどいてくれよ。すぐ買ってくるからさ」 「あ、じゃ、この席、キープしとくね。ここで書けば早いでしょ?」 「サンキュ、上谷!ひとっ走り行ってくる」 駆け出す彼を見送る有紀に、荒城が近付く。「何?彼、もしかしてここでバイトするって?」 「はい。すっごく頭がいい人で、おまけにスポーツマンなんです」 荒城は探るように、少女の顔を盗み見る。「もしかして、彼氏とか?」 「え、ち、違いますよっ!」真っ赤になって、ブンブン手を振る有紀。 この人には、こういう誤解、して欲しくない。 ハンサムで人当たりが良くて、頭も良くて、そのくせ気さく。仕事もテキパキとそつなくこなす。 知れば知るほどパーフェクトなこの人に、憧れは募るばかり。 「本当に違います!ただのクラスメートです」力説する少女に、小さな吐息を漏らす荒城。 「そっか。ま、でも今、男手が一人増えれば、少しは楽になると思うよ。お、もう戻ってきた。足速いな、あいつ」 少女の気持ちを誤解したまま駆け戻ってくる関口に、有紀はホッとして笑いかけた。 「お帰り!」
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