キエナイ イタミ 漆





雨が降る

冷たい雨が・・・・

心も 体も全てを濡らす

冷たい 雨



カラン カラン

ドアに付いたベルが音を立てる。
店内で新聞を読んでいた波児は顔を上げた。

時折雷鳴が轟き、光っては消える。
そんな中店内に入ってきたのは一人の少年だった。
どう見ても年端も行かぬ子どもなのに、その面立ちにそぐわない思いつめた表情。
少年はただ黙ってカウンターに腰掛けた。
波児は黙ってコーヒーを入れると少年の前に差し出す。
「―――飲みな。あったかいコーヒーだ。凍えそうなんだろ?」
「・・・・別に濡れてなんかいませんよ」
「―――でもあんた、なんだか冷たい雨に打たれたような瞳をしているぜ?」
「・・・・」
会ったばかりの相手に核心をつかれて少年は黙り込み、カップに手をかけた。


手に入れられたと思った
だけどそれは違っていた

そう思いたかっただけなのかもしれない
いなくなった『君』のかわりにそう思おうとした?
そうすれば救われると思っていた?


『甘いよ、銀次』


あの人の声が響く


『お前は幸せなんかになれない。
何人殺してきた?
何人傷つけてきた?
見ろよ、お前のその手は真っ赤だ。
血に塗れ、血を求めるお前は化け物だ』


俺は幸せにはなれないのかな?


絶望が心の中を掻き乱す中、銀次はコーヒーを口に運んだ。
口内に広がる香ばしい香りに驚き、もう一口含む。
「おいしい・・・」
「だろ?」
波児が得意げに微笑みながら言う。
「マスター・・・・」
「波児でいいさ」
「俺、銀次って言います」
「銀次・・・・ああ」
この人も自分の事を知っているんだ、と思うと心はまた曇ったがあえてそれには触れないようにした。
「まあ、ゆっくりしていきな。どうせこの雨じゃ客は来ないし・・・」
そう言って波児は再び新聞へ目を落とした。

窓に吹きつける雨の音と雷鳴の音が心地よい。
ゆっくりとコーヒーを味わっていた時だった。

ばんっ!

店のドアが勢い良く開き、ばたばたと駆け込んでくる客。
息を切らせながら店の中を見回すその姿は・・・・
「かづっちゃん・・・?」
髪から雨雫を滴らせ、服も同じようにずぶぬれのまま花月はドアから動こうとしない。
ただ、じっと銀次を見つめていた。
「どっ、どうして・・・ここへ?」
戸惑う銀次の側へ花月はゆっくりと歩を進める。
「銀次さん・・・」
聞きなれた声。
ずっと聞いていたい声。

今は それすら辛い 声。

「皆が心配しています。帰りましょう」
濡れた手を拭い、花月が手を差し伸べる。
いつもと変わらない笑顔で・・・・。

しかし

その手を銀次は振り払い、言った。
「俺が『雷帝』だから・・・花月は迎えに来たんだろう」
冷たい声。
花月は先日の事を思い出し、言葉が詰まる。
「俺は・・・・」
「違います。僕は・・・貴方が心配だから!」
「心配?『雷帝』を心配するやつなんかいないよ」
自嘲めいた声に花月は再び黙る。
・・・・忠誠心なんて・・・いらない・・・・
銀次の呟きに花月はハッとなった。


自分は銀次と出会う事で救われた
でも彼は・・・・?

結局・・・・自分の事しか見えてはいなかったのだ
その事実に気づくのが遅すぎた

こんなにも彼を傷つけている自分が恥ずかしくなった


「銀次さん・・・・」
反応を返さない銀次の肩にそっと触れる。
びくんっと大きく揺れ、花月の方を振り向いた。
「みんな貴方の帰りを待っています。
『雷帝』ではなく『天野銀次』と言う人を・・・・」
「・・・・・」
「僕も待っています・・・・銀次さん・・・貴方を」
そう言って花月は店の店主・波児に軽く会釈をして出て行った。
花月の触れていた所が熱い。
銀次はドアの方を見つめたまま動けなかった。
「追いかけなくていいのかい?」
「・・・・」
「随分長い間あんたを探していたようだよ、彼」
「それは俺が・・・・」
「・・・・それだけで傘もささずにこの雨の中を走り回るかい?」
「・・・・・」
イスから勢いよく立つと銀次は駆け出した。
と、一瞬だけ立ち止まりポケットを探る。
「今日は俺の奢りだ。さっさと追いかけな」
ニッと笑いながら波児は言う。
「ありがとう!」

銀次の後姿を見ながら波児は呟く。
「また・・・な」
再び静まり返った店内で波児は新聞に目を向ける。
まるで何もなかったかのように・・・・。




ぱしゃん
ぴしゃん


一歩ずつ歩を進めるたびに水が音を立てる。
自分の脇を通り抜ける人々から見たら、どんなに滑稽に見えることだろう。
全身ずぶ濡れの花月の瞳が灰色の空を見上げる。

「・・・・なさい・・・」


今日が、今雨が降っていてよかった・・・・
皆雨に濡れまいと傘で世界を被っているから・・・

ごめんなさい

それでも僕は貴方の存在が必要だったんです

貴方という『光』が・・・・

なのに僕は貴方の心に気づこうともしなかった

なんて醜い自分
なんて利己的な自分


「・・・ごめん・・・なさ・・・」
くらりと世界が廻る。
側にあった壁に咄嗟に手を付くがそのまましゃがみこんでしまった。

「かづっちゃん!!!」
自分を打ち付けていた雨が一瞬だけ止む。
そして自分を呼ぶ声に花月はうっすらと目を開けた。
「銀・・・次・・・さん?」
「ごめん、かづっちゃん」
銀次は花月を抱きしめる。
「謝るのは・・・僕の方・・です・・・」
途切れ途切れに何とか言葉を紡ごうとする花月に、銀次は一旦諦めかけた想いが再び熱を持ち上げるのを感じた。
抱きしめた花月の身体は雨にうたれてずぶ濡れにも関わらず、熱を持っている。
「貴方の・・・気持ちを・・・僕は何も・・・判って・・・いなくて・・・」
「もう、いいんだ。
いいんだよ、かづっちゃん」
「銀・・・次さん・・・・」

いつから探してくれていたの?
こんなにずぶ濡れになってまで

その瞬間だけは
その時だけは
俺の事を考えていてくれたんでしょう?

その想いだけで
俺は十分だよ


本当は手に入れたかった
君に俺だけを見て欲しかった・・・

その想いだけは
今でも情けない位強く願ってしまっている

やっぱり
俺は君の事が・・・・


「帰ろう、かづっちゃん」
そう言って銀次は花月を抱き上げる。
「ちょ・・・銀次さん!!」
真っ赤になりながら花月が動揺する。
「大丈夫です・・・自分で・・」
「ダメだよ、熱があるんだから」
「でもっ・・・!」
「―――じゃあ・・・」
一回花月を下ろすとしゃがみ込み背中を指差した。
「だから・・・」
「この位させてよ、ねっ?」
いつもと変わらない笑顔に花月は思わず頷く。
黙ったまま銀次の背中にしがみつくと花月は「すみません」と呟いた。
銀次は返事をせず、歩き始めた。
想っていたよりも大きい銀次の背中から伝わってくる温もりに、花月は頬を寄せる。
規則動く銀次の歩調と傘に当たる雨の音に花月は心地よさを感じながら、眠りに落ちていった。




花月が目を覚ましたのそれから3日後。
連日の睡眠不足と雨にうたれたことで相当身体が参っていたらしい。
目覚めた時、銀次の心配そうな顔と安堵した十兵衛の顔が視界に入った。
「かづっちゃん・・・」
うなだれて叱られた子どものような顔をしている銀次に、花月は微笑みかける。
「ご心配おかけしました」
花のように可憐に微笑む花月に銀次は頬を染める。
「これでも強いと思っていたんですけどね・・・」
笑顔が苦笑に変わり、花月は身体を起こした。
「十兵衛、銀次さんと二人にしてくれる?」
黙ったまま頷き、十兵衛は部屋を出て行く。
「かづっちゃん・・・」
「いいんですよ、銀次さん」
慌てる銀次の手を花月は取った。
「かづ・・・」
「僕の貴方への想いは貴方が想ってくれているのとは違う事は前にもお伝えしましたよね。
僕は貴方に求める事しかしなかった。
求める事しかせず、貴方の気持ちを知ろうともしなかった。
そんな僕が側にいるのがもし迷惑なら、僕はここを・・・・」
「もう、いいんだ・・・かづっちゃん」
「でも・・・」
泣き出しそうな花月を銀次は優しく抱きしめる。
「諦めた訳じゃないよ・・・・ただ・・・」
「ただ?」
「ほら、かづっちゃんには笑っていてほしいし・・・・」
「・・・銀次さん」
ふわっと笑顔を取り戻す花月を見て、ツキリと心が痛む。



君の事が大好きだから

好きな人にはいつも微笑んでいて欲しい

あいじょう
たとえそれが『恋愛感情』じゃなくても
君を好きになった事は今でも後悔していない


心から微笑む相手が俺じゃなくても



すぐにはこのイタミはキエナイ

でも

花月

君を好きになってよかった

本当に
よかった・・・・・





キエナイ イタミ 完全脱稿
20030727


      漆
<あとがき>
キエナイ イタミ、終了〜♪(どんどん、ぱふぱふ!)
・・・・長かった。(一ヶ月かかったSSなんて初めてだわさ・・・;)
きりしまさん、お待たせいたしました。
そして、銀次ごめんなまま終わっちゃったよ(滝汗)
本当は現在まで引っ張るつもりだったのですが、ちょっと詰まってしまいダウン;
最後までこんな無駄に長い話に付き合ってくださってありがとうございました。


うわわわ、こんなステキな銀花ありがとうございました!vvvもう萌え萌えです!切ない銀花〜萌え〜v
藤さんの小説は、「はうんv」とさせてくれて、大好きです!(日本語使えないヤツです)
ごらんのような形でアップとなりましたが…い、いかがでしょうか?(汗)
リベンジ、オフライン、共に楽しみにしております!




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